テキスト

ニーズ分析について

ニーズ分析にあたっては、まずその案件の発端について把握・理解し、次にステークホルダー、つまりその活動に関する受益者・被害者を列挙し、それらの人々の思惑や、どのような点に困っているか、どのような問題や課題を抱えているか、どうしたいのかといった点について記述していきます。

1.その案件の発端は?背景は?

通常、クライアント(発注者、社内案件であれば起案者)が新たに教育活動を発注しようとする場合にはその発端になる何かがあります。たとえば、社内の会議で実施が検討あるいは決定された、教育体系や既存の研修を見直す中で追加や入れ替えの必要性が明らかになった、担当者が部門長から命ぜられた・・・・といったことです。

そして、そういった発端となる出来事には、何らかの背景があります。経営課題を達成したい(例:売り上げを○○%アップしたい、CS評価を向上したい、ISOを取得したい)、問題を解決したい(コンプライアンスを徹底したい)といったことがその中心ですが、中には社内的な事情(部門のプレゼンスを社内に示したい、予算を費消したい、同業他社に追随しないと部門の立場がない)もあるでしょう。そして複数の背景が絡み合っていることも少なくありません。

ところが、クライアントはそのきっかけについて言及せずに「営業担当者のパワーアップ研修をしてほしい」「コンプライアンスのeラーニングを導入したい」という風に言ってくることが少なくありません。

 案件に取りかかる際には、その案件が発生した発端となる事実や事象を把握し、その発生原因をある程度つきとめ、ヒアリング等を通じてクライアントと共有しておく必要があります。なぜなら、それによって教育が適切な手段かを判断し、教育が適切な手段であれば、その案件のゴールや学習目標を定義するのに必要だからです。

 発端やその背景を把握していないと、クライアントにジャストミートする提案はできないでしょうし、そもそも教育活動は「成功」を収めることはできないでしょう。何がクライアントにとっての「成功」かは分からないからです。

2.ステークホルダーを列挙する

案件の背景と発端が把握できたら、次にその案件のステークホルダー(利害関係者)を列挙し、それぞれの思惑やこの案件で享受できる利益(あるいは被る被害)について記述していきましょう。クライアントのニーズだけに目を向けると、「eラーニングはスタートした、しかし誰もやらない。」 「研修は実施された、しかし酷評された。」といったことになりかねないからです。

 ステークホルダーは大きく4つに分けることが出来ます。クライアント、学習者そしてそれぞれの周辺の人々です。

クライアント その件を発注した人
クライアントの周辺 上司や同僚、部下。発注部門の部門長。教育活動の関係者(運営スタッフ、講師など)。その上司や経営者。関連する部門や会社(親会社・子会社)の人々。出資者や株主・投資家。監督官庁など。
問題・課題の当事者 解決したい問題・達成したい課題に実際に携わる人。
通常はこれが学習(受講)者になる。
当事者の周辺 上司、同僚、部下。顧客や仕事上のパートナー。家族など。

 これらの人々の思惑や、どのような点に困っているか、どのような問題や課題を抱えていて、それをどうしたいのか、その案件が実施されることでどのような影響を受けるのか、といった点について記述していきます。

 これらのすべてについて記述する必要はありませんし実際には不可能なのですが、可能な限り記述しておくことで、計画をする上で配慮すべき点がより明らかになり、失敗を未然に防ぐ上で役に立つでしょう。

 なお、通常は「当事者」が学習者になりますが、分析していった結果、その周辺の人を学習者にした方が良い場合もあります。たとえば、「営業成績を伸ばしたい」というときに、営業担当者を教育することを検討したが、それよりも、その上司を教育して営業担当者を育成させた方がよい、となることもあるからです。その場合には「当事者」を入れ替えて再検討しましょう。

 ステークホルダーとその思惑や利益・被害についても、あるいは誰を学習者にするのが適切か、という点についてクライアントが気づいていなかったり、気づいていても発注時に明らかにしてくれなかったりすることが多いものです。ヒアリング時に出来る限り把握しておくようにしましょう。

 (参考文献)
・内田実「実践インストラクショナルデザイン」(2005)東京電機大学出版局 第2章

環境要因分析

同時に、その案件がおかれている環境についても分析していきます(ニーズ分析と環境要因分析は同時併行で進めると良いでしょう)。

 環境には外部環境と内部環境があります。

 外部環境としては、eラーニングを導入しようとしている企業が属する業界の動向(今回のケースであれば保険業界の動向)、同種の教育活動の動向(今回のケースであれば、内定者教育の動向)などが考えられます。

 これらを調べることで、ニーズの分析やコンセプト・アイディアを考える際のヒントが得られることも少なくありません。

 また、内部環境について、講師(北村)は3つに分けて考えています。

(1)学習者:学習の入口・出口を検討するための要因→学習者の業務、おかれている環境
(2)技術面:適切なメディアの選択とサポート体制の確立を検討するための要因(狭義の「環境」とも言えます)
(3)ビジネス面:クライアントの満足、受注の可否を検討するための要因→クライアント側・受注側それぞれの事情、与件、成功イメージなど

 (1)(2)については1ブロックのテキストや、テキストに示したeラーニング概論、インストラクショナルデザイン I の各章をご参照ください。ここでは(3)について解説します。

 (3)ビジネス面の環境とは、何をもってクライアントの満足が得られるか、そして受注する側の利益(金銭面とそれ以外の両方)に影響する要因です。

まずはクライアント側の事情や、提示された与件について整理しておく必要があるでしょう。そのすべてをそのまま受け入れるかどうか、建設的批判の立場に立った逆提案などをするかどうかは吟味していく必要がありますが、まずはクライアントを理解するためにも、主観を交えず整理しておく必要があります。

 クライアントの満足については、その案件の出口(できあがり姿)を定め、どのように評価し、どうなればOKとするかを事前に「握って」おくことが基本になります。その際に、全体の人数に対し、現実的にはどのくらいの割合で修了すれば良いかといった点についても明らかにしておく必要があるでしょう。あまりにも非現実的な数値目標(たとえば1000人の受講者全員が修了)があるとすれば、それを現実的なものに落ち着かせる必要があるでしょうし、非現実的なままであれば、受注しないという選択肢を考える必要もあるでしょう。

 また、受注形態(受託開発か、再外注は可能か)、受注範囲(内容から開発するのか、オーサリングだけか)、納期、予算・コスト、プロダクツライフ(どのくらいの期間使えそうか)、著作権(どちらが保有するのか、転売は可能か)といったことを明らかにしておきます。

 その上で、受注するかどうかを検討します。

 [コラム:受注するか?受注しないか?]

 受注に際して、講師(北村)は次の3つの項目のどれかに該当するかどうかを考え、該当する場合には受注する方向で検討し、どれにも該当しない場合にはお断りすることにしています。この基準はある有名なWebスタジオの経営者から教えてもらったものです。

  • (金銭的な)利益が得られる。
  • (金銭的な)利益が得られない危険性はあるが、実績として将来のビジネスに役立つ。
  • (金銭的な)利益が得られない危険性があり、実績になるかどうかも分からないが、それ以外の何かが得られる。
    (自分達のスキルを磨いたり技術開発の機会になる。貴重な経験が得られそう。その件に関わる社員のモチベーションアップに繋がる等)

環境要因分析

サンプルケースについての分析結果の例(見本)を以下に示します。
どのような項目について、どのように分析し、記述しているか、参考にしてください。
なお、「見本」であって「手本」ではありませんので、記述されている内容については批判的な視点で見てください。
第8回 分析結果(PDF:172KB)

最終更新日時: 2021年 11月 12日(金曜日) 15:37