テキスト

変化の設計

今回はコンセプトワークを考えていきます。コンセプトワークに際し講師(北村)が用いているSSM(ソフト・システムズ方法論)のツールをご紹介しながら説明していきます。

 まず、この案件の提案がどのような変化をもたらすものなのかを明らかにしていきましょう。ここではSSMの「T」(Transform process)を使います。といっても難しい話ではありません。要はどのようなインプットをどのようなアウトプットに変えるかを明らかにしよう、ということです。

 

インプット → T → アウトプット
(何らかの個別体) (変換された状態の個別体)

出典:チェックランド&スクールズ(1994)『ソフト・システムズ方法論』有斐閣 p.46

 

たとえば、「うちの社員はどうもやる気が無くてねぇ。何とかならないかな?」という相談は

やる気の無い社員 →T→ やる気のある社員

と表せます。そしてTは「やる気の無い社員を、やる気のある社員にするための活動・システム」ということになります。もう皆さんお気づきの通り、これはIDの基本的な考え方と全く同じで、インプットは「入口」、アウトプットは「出口」、Tは研修や教材です。つまり教育活動や教材といったものは人に関する「T」のひとつだと言うことができます。

 そう考えると、このTに当てはまる具体的な手段は、モチベーションアップのための研修であったり、スポーツ選手などの講演会であったり、職場でのコーチングやメンタリングであったり、場合によっては上司や先輩のお説教かもしれません。

 ただし、最初からTを「モチベーションアップのための研修」としてはいけません。まず「何をする活動・システムか」といった、その活動やシステム、言い換えればその提案に求められている本質を概念的(Conceptual)に考えることが大事なのです。

 なぜならば、そのConceptを満たす手段は複数ありえるからです。最初から手段を決めてしまうと、手段ありきの検討になり、判断を誤ることになりかねないのです。

 

 (参考文献)

  • チェックランド&スクールズ(1994)『ソフト・システムズ方法論』有斐閣

選択肢の検討

Tがある程度見定まったら、次に手段にはどのような選択肢があるかを検討しましょう。ここでは前述の例「やる気の無い社員を、やる気のある社員にする活動・システム」を考えてみましょう。

 ここで検討の材料となるのが、前回触れた、案件の発端や背景です。発端や背景によって、手段は変わってくるはずです。

 たとえば、「業績が伸びないことを悩んだ社長が、ある日オフィスを見て社員のやる気のなさを感じ、それを研修担当者に『研修か何かやって、このやる気のなさを何とかしろ!』と言った」ことが発端となって「やる気が出る研修をお願いします」という依頼が来た場合(これは筆者が実際に遭遇したケースです)、「はい分かりました。早速、やる気が出る研修を企画・実施しましょう」と言ってしまうことは危険でしょう。なぜなら、やる気が出ない原因が分かっていないからです。

 もしやる気が出ない原因が給料の安さであれば、研修をしても無駄である可能性は高いです。それどころか社員から「研修をする金がある位なら給料を上げてくれ」とよけい不満がつのる危険性大でしょう。職場内のコミュニケーションがうまくいっていないことが原因であるならば、コミュニケーションを円滑にするための研修(たとえばマネージャー向けコーチング研修、会議を効果的に進めるためのファシリテータ研修など)を行うという選択肢も考えられますが、一方で、社内のレクリエーションを実施したり、社内でメルマガやSNSを使って社員同士がお互いを知り合えるような環境(それもeラーニングの一種と考えられます)を作っていくといったことも考えられるはずです。

 最初からTを「△△研修」と決めつけてしまい、案件の背景や発端を考えないと、このような多様な選択肢は考えられないはずです。そして最初から手段を決めて考えてしまうことは失敗につながるのです。

 さて、このケースで、社内、特に上司(マネージャー)と部下の間のコミュニケーションが悪くモチベーションダウンにつながっていて、それが業績不振の原因になっていることが分かった場合、その対策の活動のTは次のようになるでしょう。

 

円滑ではない
「部下・上司間のコミュニケーション」
→ T → 円滑な
「部下・上司間のコミュニケーション」

 

このように選択肢を検討する中でTに立ち返ってもかまいません。むしろ、それだけ深い吟味がなされた証拠だと考えて良いでしょう。

 そして、検討の結果、どうも教育が手段として適切そうだ、となったら、次にどのような教育手段(システム)を用いるかを考えます。その考え方についてはeラーニング概論 第8回テキスト「第7章 eラーニングシステムの設計」を参照してください。

 

 (参考文献など)

  • eラーニング概論 第8回テキスト「第7章 eラーニングシステムの設計」P.7~10

コンセプトの考え方

筆者はコンセプトを考えるときにSSMの「基本定義」(XYZ公式)を用います。

1.公式に当てはめてその提案の概要を書いてみる

SSMの「基本定義」は次の形で表します。

"A system to do X by Y in order to achieve Z"
Zのために、YによってXを行なう(システム)

Z(何のためか)/Why ~のために
Y(どんな手段によるのか)/HOW ~によって、~(内容)を学ぶことによって
X(何を行う活動か)/What ~を行なう(達成する・実現する)活動

出典:チェックランド&スクールズ(1994)『ソフト・システムズ方法論』有斐閣 p.49

 ここで、Xには前述の「T」が反映されます。そしてYには様々な選択肢の中から選んだ手段が入ります。そしてZは原則的にはクライアントの目的(思惑)が入ります。選択肢としてマネージャー向けのコーチング研修を選んだ場合には次のようになるでしょう。

Z:社員のやる気を刺激し、業績を伸ばすために
Y:上司(マネージャー)層に対してコーチングスキルを身につけさせることで
X:部下・上司間のコミュニケーションを円滑にする研修

2.ロジックをチェックをする

次に、基本定義が妥当かどうか、前提とロジックをチェックします。そういうと大げさですが、それほど難しいことではありません。

 まず、前提について、次の点をチェックします。

Zは望ましい、必要だ。
Yは実施可能だ。
Xは達成可能だ。

実際に当てはめてみましょう。

Z:社員のやる気を刺激することは望ましい。業績を伸ばすことが必要だ。
Y:上司(マネージャー)層にコーチングスキルを身につけさせることは可能だ。
X:部下・上司間のコミュニケーションを円滑にすることは可能だ。

 このチェックの答えがすべてYesであれば、次にロジックをチェックします。

YをすればXできる。
Xすることは、Zにプラスになる(寄与しうる)

(YをすればXできる)
上司(マネージャー)層に対してコーチングスキルを身につけさせれば、部下・上司間のコミュニケーションを円滑にできる。

 (Xすることは、Zにプラスになる・寄与しうる)
部下・上司間のコミュニケーションを円滑にすることは、社員のやる気を刺激し、業績向上に寄与しうる。

 こういった点を自分で吟味するのがコンセプトワークです。そしてこの基本定義を、クライアントにも確認し共有しておくことで、この先、企画や計画を進める際のよりどころが出来ます。

  

(参考文献など)

  • チェックランド&スクールズ(1994)『ソフト・システムズ方法論』有斐閣(妹尾堅一郎監訳)

サンプルケースについて

サンプルケースについてのコンセプトとアイディアの例(見本)を以下に示します。
どのようなプロセスでコンセプトを導き出していくか、そのコンセプトをもとにアイディアを考えていくか、といった点の参考にしてください。
なお、「見本」であって「手本」ではありませんので、記述されている内容については批判的な視点で見てください。
第9回 コンセプトとアイディア(PDF:116KB)

アイディアを考えよう

上記のコンセプトを実現するために、様々なアイディアを出しましょう。

 アイディアの出し方については、人それぞれでしょうし、皆さんもご自分のやり方をお持ちだと思いますので、ここでは触れません。 どのようなやり方にせよ、前回と今回で触れた分析やコンセプトワークが役に立つはずです。これらとご自分のやり方を組み合わせてみてください。

 また、1ブロックで使った「ID視点のチェックリスト」やeラーニング概論、インストラクショナル・デザイン I で学んだ様々な理論やモデルもアイディアを出すためのきっかけとして有効でしょう。試してみてください。

最終更新日時: 2021年 11月 12日(金曜日) 13:02