経営戦略論から見た教育・学習・知識

教育学およびその周辺分野があくまでも個人に立脚しているのに対して、経営学では教育を組織や個人の役割をベースに考えます。教育学を中心とした世界では、外部から意図をもって働きかける個人をターゲットとした活動全般が教育であり、協調学習と呼ばれるものにせよ、目標は個人の知識やスキルを拡大したり態度を形成したりすることにあります。一方で、経営学における教育観は、個人の知識やスキルの拡大および新たな態度の形成により組織の体質を変えるためのツールあるいはプロセスと位置づけることができます。ただし、経営という言葉は「他人を通して事をなすこと」と定義されるように、経営学においても教育は重要なテーマのひとつです。

この回では、経営学の中でも最も上位概念である経営戦略において、教育や学習、知識がどのように位置づけられてきたかを考えます。経営戦略は、企業が展開しているそれぞれの事業分野(業界)において利益を出していくことを目指す事業戦略と、複数の事業をいかに企業として束ねていくかという全社戦略(企業戦略)に分けることができますが、教育は、事業戦略上の競合に対する優位性確保、および全社戦略における成長性を確保、という両面で重要です。ここで教育に関連する戦略観・戦略論やアプローチの中から、人的能力や組織能力を企業にとって活用すべき資源であると積極的に位置づけた戦略観である「リソース・ベースト・ビュー」、組織が知識、スキル、態度を学習していくプロセスの重要性に着目した「学習アプローチ」、そしてイノベーションを生み出す組織の構造や活動プロセスに焦点を当てた「価値分化」を論じます。

(1)リソース・ベースト・ビュー

企業に展開する事業に必要なヒト・モノ・カネ・情報・知識を獲得する基本的な方法(経営資源のマネジメント)は、外部からもってくるか内部で何とかするかのどちらかであり、これは人材についても同じです。外からの採用が迅速な資源獲得に有利である一方で、組織の目標達成に不可欠なコアとなる人材の育成の重要性を提唱したのが、オハイオ州立大学のJ. B. バニーです。経営戦略論の代表的な流れに、市場で有利なポジションに自社を位置づけようとする「ポジショニング・ビュー」(positioning view)と、経営資源に注目した「リソース・ベースト・ビュー」(resource-based view)がありますが、バニーの考え方は後者に相当し、経営資源をいかに活用して優位性を確立していくか、そして資源の横展開を目指します。

バニーは、企業の財務・物的・人的・組織における企業属性である「経営資源」に加え、それらの資源を組み合わせたり活用したりする組織属性を特に「ケイパビリティ」と呼び、それらが競争優位の確立においてどの程度有効かを判断する基準として、VRIOと呼ばれるフレームワークの利用を提唱しています。VRIOとは、経済価値(value)、希少性(rarity)、模倣困難性(inimitability)、組織(organization)の4つの視点から企業がもつ資源に対して問いかけることで、競合にとっては模倣しにくい長期的な競争優位を生み出せるかどうかを分析しようというものです。

  • 経済価値
    経営資源やケイパビリティが、外部環境における脅威を無力化することができるか、あるいは機会を捉えることができるか?
  • 希少性
    同種の経営資源をコントロールしているのは、競合のうちごく少数に留まるか?
  • 模倣困難性
    同種の経営資源を保有していない企業は、その資源を獲得あるいは開発する際にコスト上の不利があるか?
  • 組織
    価値があり稀少性で模倣コストが大きい経営資源を活用するための、組織的な方針や手続きが整っているか?

この考え方からすると、外部から移植することが可能な反面流出するリスクもある人材そのものより、むしろ人材育成に対する組織としてのビジョンや仕組みが、強い競争力をもちうると言えるでしょう。

(2)学習アプローチ

リソース・ベースト・ビューが経営資源という組織内部の要因に注目し、その中でも特に人的資源の重要性を強調したのに対して、組織そのものが学習をしていくプロセスこそが優位性をつくり出すと考えるのが「学習アプローチ」と呼ばれる戦略観です。それまでの経営戦略論が、特定の組織目標に対して事前に計画したことを実行することを前提としているのに対して、学習アプローチははこのような一方向的ではなく、企業活動の中で実験と失敗を繰り返すことで実践的な技術や経験を身につけ戦略を「創発」していくことが重要と考えます。そのため、リソース・ベースト・ビューなど他の経営戦略論の多くが具体的な戦略オプションを提示しようとするのに対して、学習アプローチでは戦略オプションが直接提示されません。戦略が形成されていくプロセスや戦略遂行に要する能力を組織が蓄積するプロセスに力点を置かれているのです。

学習アプローチにおいて、戦略形成プロセスは「意図された」戦略のみが実行されることを想定していません。事前計画的な戦略が実行できるほど将来を予測することは簡単ではないという考え方から、現場で「創発的」な戦略が生み出されたり、「実現されなかった」戦略から学習をおこない戦略そのものを修正したりされていきます。また、このプロセスの中から、業務の手順や標準パターン、外部環境への対処の仕方や問題解決の方法などを組織は学び、規則や組織文化などを構築・形成していきます。これを組織学習と呼んでいます。

つまり、現時点で最も有効な戦略を策定・実行しようというのではなく、将来の競争優位獲得のためにその時々の環境から学習していこうとするのが、学習アプローチの要点なのです。

(3)価値分化

競争がグローバル化しているような現代社会において、現状ベースの資源だけで優位性を長期において維持していくのはかなり難しいことです。イノベーションにより競争の構造自体を変えてしまえば、より強力な優位性を獲得することができます。例えば、トヨタのプリウスを凌駕する電気自動車を市場に投入することができ、そのための電池の製造や管理技術、充電インフラを経営資源化できるのであれば、業界の競争構造を根本的に変えることができるかもしれません。このようなイノベーションを継続的に生み出せる組織は、最近の経営学で重要な研究テーマのひとつとなっています。楠木健はコンセプト・レベルのイノベーションこそがより強い競争優位の源泉であるとして主張し、「価値分化」(value difference)と「制約共存」(bounded co-habitation)というモデルで組織構造や組織の活動プロセスを分析しています。

楠木によると、イノベーションを生み出す知識は、従来型の知識であるKnow-why、Know-howから、Know-whatに変わりつつあります。Know-whyとは「研究」による学習知識で、コンピューターやロケット、そして自動車を生み出し米国を世界ナンバー・ワンにしたイノベーションを生んだものであり、Know-howは「やってみる」ことによる学習知識で、米国の技術を元に洗練された製品を作りゼネラル・モータースやクライスラーを破綻に追いやる大きな原因を作った日本企業のイノベーションを先導した知識と考えることができます。また、80年代から90年代初めにおける日本企業の競争優位性はリソース・ベースト・ビューや学習アプローチで分析されますが、その優位性の源泉はKnow-howの蓄積や獲得プロセスにあったのです。一方で、know-whatとは「使用」による学習知識とされており、「ユーザーがどのような文脈でどのように製品を使うのか」あるいは「どのような価値を求めるのか」といったコンセプト・レベルのイノベーションを生み出すものです。このコンセプト・レベルのイノベーションの生み出す組織のあり方として、「価値分化」という組織構造と、その価値分化した組織で「制約共存」という環境をつくり出すことが有効とされます。

価値分化と対を成す概念が「機能分化」は、コンセプトが確定しているようなケースでは有効に働きます。そこでは、事前に設計された体制で分業をおこなったうえで機能横断的な統合をおこなうといった業務プロセスで製品やサービスが開発され、その結果、組織の専門知識が深耕されていきます。しかしながら、事前にコンセプトが確定している(確定しうる)ようなことは、今ではむしろ例外です。単なる輸送の道具と自動車を捉える人もいれば、家族とのコミュニケーションを楽しむ空間として考える人もいます。あるいは自動車で自己表現をしている人もいるはずです。このようにコンセプトが多面的なケースでは、それぞれの価値を基準とした単位で業務を進める、つまり価値分化した組織形態を採るほうが、コンセプトの創発的な進化を生み出す可能性が高くなるのです。

制約的共存とは、価値分化した組織がコンセプトの創発的な進化を促進するには、分化した複数の異なる活動(下位組織・チーム)を密接な相互作用をもてる位置関係に置き、最終的な包括コンセプトを共有しながらも、活動をコストや資源、時間、空間などの様々な制約条件のもとで共存させることと定義されます。制約条件があるからこそ、それぞれの価値に基づいた活動は、コンセプトの優位性を巡り組織内に競い合うような緊張感が生み、建設的な相互作用を発生させます。結果、コンセプトが相対化され、よりよいコンセプトが生まれるのです。

価値分化と制約共存という考え方は、組織がイノベーションを起こしていくための学習環境と位置づけられるのです。

経営学分野での教育とは、組織論や人的資源管理(human resource management)といった経営戦略の下位にあたる機能戦略レベルや、従業員教育といったより実践的な計画・実践という領域で語られることが多いのですが、今回示したように、経営戦略論の本質として位置づけることも可能なのです。

指定文献

  • 青島矢一・加藤俊彦(2012)「戦略競争論の4つのアプローチ」『競争戦略論(第2版)』東洋経済新報社
    *リソース・ベースト・ビュー(資源アプローチ)および学習アプローチ以外の部分も含まれますが、経営戦略論を概観する意味でポジショニング・アプローチとゲーム・アプローチの部分も読むことをお勧めします。
  • 楠木建(2001)「価値分化:製品コンセプトのイノベーションを組織化する」『組織科学』 Vol. 35, No. 2, pp. 16-37.
    コンテンツワークスのオンライン書店booknest(http://www.booknest.jp/)で入手するのが簡単です。

参考文献

  • Jay B. Barney (2002) Gaining And Sustaining Competitive Advantage, Second Edition. Pearson Education (岡田正大訳『企業戦略論 【上】基本編 ―競争優位の構築と持続』ダイヤモンド社, 2003年).
  • Mintzberg, H., B. Ahlstrand and J. Lampel (2008) Strategy Safari: The complete guide through the wilds of strategic management (2nd Edition). Pearson Education Canada (齋藤嘉則監訳『戦略サファリ 第2版 - 戦略マネジメント・コンプリート・ガイドブック』東洋経済新報社, 2012年)

最終更新日時: 2020年 10月 30日(金曜日) 14:48