「学習のねらい」を理解する

1) 人材育成戦略の構築・提言

企業・組織内の人材育成や教育について構想・企画・検討するための基礎を培う科目。組織論や人事管理を中心に経営学の諸理論、経営学上の重要概念や理論、組織論に関する近年の展開、組織における教育・学習の意味や方法論、企業における教育活動を考える上で不可欠な人事管理について学び、企業経営と人材育成の関係について理解を深めていく。

「経営学特論シラバス」より

 上の記述にあるとおり、この授業では企業経営と人材育成の関係について理解を深めていくために必要となる、経営学的な諸概念と方法について学んでいきます。特に、教授システム学専攻修士課程の修了後、企業の人材育成(教育・訓練)担当部門や、企業内教育に関わる教育サービス事業者において“プロフェッショナル”として活躍できる人材を念頭におき、以下のコンンピテンシー修得に寄与することを目指します。

「知識・情報・学習の視点から経営課題について提言ができる」

 このねらいを踏まえ、受講に当たっては、次の点に留意してください。この科目は、よりよい人材育成の探求を強く意識し、その具体的活動に対する深い関心を前提としているものの、「円滑な研修・セミナーの企画・運営方法」や「部下と良好な関係を築くためのうまい話し方」といったミクロ・レベルのスキル・テクニック修得を目指したものではありません。上に示したコンピテンシーにあるように、ここでのねらいはあくまでも「知識・情報・学習の視点から経営課題について提言ができる」、つまり、マクロ・レベルでの人材育成戦略が構築・提言できるプロフェッショナルの育成に寄与することです。もちろん、優れた人材育成活動を実現するには、戦略や制度を現場レベルで効果的に運用していくための、ミクロ・レベルの技法に対する理解も重要です。しかしながら、教授システム学専攻カリキュラムにおける他の科目とのバランスを考慮し、さらに、1科目という限られた時間の中で、そのねらいを効果的・効率的に達成していくために、この科目では、経営学上の諸概念と方法論の理解に焦点を絞っていきたいと考えています。

 ただし、この授業における人材育成とは、研修・セミナーといったOFF-JT型のフォーマルな教育プログラムだけでなく、OJTや業務を通じての知識・スキル獲得といった“現場での学び”をも含んでいることを理解しておいてください。日常会話の中では、企業内教育や人材育成というと「研修・セミナー」を指すと、つい思ってしまいがちです。実際、企業の人材育成(教育・訓練)担当部門のシゴトとしてまず思い浮かべるのは、研修・セミナーの企画・運営という人も多いはずです。しかし、企業における人材育成に求められることは、単に知識・スキルの習得を支援することではなく、企業の業績に直結した“知的生産性の向上”を実現することです。この意味での人材育成戦略を構築するには、OFF-JTとOJT、さらには、現場での仕事の進め方や人事制度といった、広範囲にわたる活動全般を念頭におくことが必要となります。

2) 素人談義からの脱却

 OJTや現場での仕事の進め方といった広範囲にわたる活動を“人材育成”として理解するならば、それは全ての実務家の日常的な活動に埋め込まれたものとなります。そして、ほとんどの実務家がこの意味での“人材育成”の実体験をもっていることになり、それをもとに自分なりの意見を述べることが可能となります。実践的な性格をもつ経営学にとって、実体験をもとにした議論が有効であることは言うまでもないでしょう。

 しかし同時に、ここにビジネスやマネジメントに関する問題を議論する難しさが見え隠れしていることに注意する必要があります。それは、“現場”での実体験をもつが故の問題点も存在するということです。 「自分は現場を知っている」という意識が強すぎると、自らの経験のみに裏付けられた極めて狭い範囲内の“現実”から、物事を考えてしまうことがあります。このような状況に陥った議論が、いわゆる“素人談義”ということです。

 先日、人材マネジメント分野の有名な大学教授が「企業の人材育成のあるべき姿なんて、誰でも語ることができる」と言っていました。事実、人材育成について熱く語っているビジネスパーソンを、あちこちで目の当たりにします。ただ、その中身をよく聞いてみると、「人事はゼンゼン分ってない」「オレの若い頃には」・・・、といったフレーズを通じて語られているビジョンや戦略のほとんどが、“素人談義”だとわかります。もしかすると、「人材育成のあるべき姿」は、現在、最もポピュラーな“素人談義のテーマ”だと言っていいのかもしれません。

 さて、このような状況をどう考えればいいのでしょうか。ビジネス界一般について言えば、たとえ素人談義であっても、人材育成の重要性に対する認識が深まるのは悪いことではないと思います。ただし、人材育成の“プロフェッショナル”を目指すのであれば、同じ大学教授が上の発言に続けた言葉をしっかり受けとめておく必要があるでしょう。

「だから、人材育成について“プロ”として語るのは難しい!」

 世の中の人が誰一人として関心や知識をもたない分野なら、簡単に“プロ”として語ることができます。しかし、人材育成という活動にはほとんどすべてのビジネスパーソンが関わりをもっています。しかも、その人々の多くが「自分は現場を知っている」という意識を強くもっています。このような状況において、人材育成の“プロフェッショナル”として発言するためには、慎重で十分な準備が必要です。そして、そのためには、あいまいな知識や限られた範囲の情報をもとにした“オレ流”の主張をする前に、普段何気なく使っている用語や、分かったつもりになっている概念の正確な意味をきちんと知ることが大切だと、私は考えています。

コンピテンシー  キャリア開発  知識創造  組織学習

 第一線で活躍するビジネスパーソンなら、会話の中でこれらの言葉を聞いても、何の戸惑いもないでしょう。むしろ、業務の中で、これらの言葉を積極的につかっている人も少なくないに違いありません。でも、「コンピテンシー」や「キャリア開発」について、その正確な意味をしっかり説明できると、自信をもって言えるでしょうか?また、「知識創造」や「組織学習」のように似通った意味をもつ概念の関係性について、その理論的背景を踏まえ整理できると、自信をもって言えるでしょうか?

 これらの用語をはじめとする、人材育成という企業活動にかかわる経営学上の諸概念と方法論に関して、その理論的背景を踏まえつつ、正確な意味を理解する。これが「経営学特論」の具体的な学習目標となります。

最終更新日時: 2021年 04月 30日(金曜日) 15:58